店長日記
令和3年12月31日(金)
今年は、諸難が多かったのですが、どうしてこんなに難が大きかったのかを考えた事がありました。
もちろん、自身の罪障の深さでしかないのですが、日蓮大聖人様の御聖誕800年という事から感じた事がありました。
それは大聖人様のご両親の御苦労が大変なものだったのではという事です。それを気が付かせて頂いたのかもと。
御書に釈尊がお母さまのお腹にいる時、魔が釈尊のお母さまのお腹を透しみて、「我が宿敵・法華経という利剣をはらんだ」これは大変だ!
と、お腹を見る医者になったり、生まれてからも難が襲い掛かってくる事をおしたためです。
大聖人様のご両親の、大聖人様が生まれた時の不思議な奇瑞については書物として残っているものの、御聖誕の前後の大変な御苦労は、記録にありませんが、御本仏様が赤子だったときにどれだけ魔が生じて、どれだけご両親が御苦労されて護られて来たかと、想像するのです。
そんなご両親の御苦労を感じたような、それだけ当時は大変な年だった事を思わせるような諸難の多い、秋からの月日でした。
それを今年の最後に記載して、今年は一旦失礼したいと思います。
一年、本当にありがとうございました。
善いお年をお迎えください!!
令和3年12月30日(木)
外は寒いのですが、いつもより少し心温かく感じる中、総括報告会が御主管、御尊師の元、開催されました。
御主管は十字御書を引用されて、「おもてなし」ということについて、具体的な話から譬えを下さり、元旦から勢いよく折伏実践する為の充分な準備について、御指導下さいました。
この大慶事の年の総括報告会が、コロナ禍もありますが、静かに開催され、一年の反省と決意する場となりました。
今年一年、365日、花火が毎日あがっているようなお祝いの年と、勘違いしてました。
振り替えれば、大きな罪障消滅と、大きな反省。冥益を頂いた事と、魔が強く深かったこと、長かった事。
御主管と御尊師、お所化さん方の慈悲の深さと想いが深すぎる事。。
信仰は功徳があることを、今更ながら体験、実感しました。
令和3年12月28日(火)
魔が何とかしてこの慶事の年に退転させようと、年末まで攻めてきている感じがします。
先ほどは、地味な魔ですが、トゲが指に刺さりました。汗
その他、外界からというよりは、内面から体や心の魔が強いです。
今日はお正月のお寺の初参りに、2人ほどの方をお誘いしました。来てくれるでしょうか。
7,8月に消えた日記は、国土世間と自分との因縁などを記載していた記憶があります。
偶然に3回行った事のある、潮風公園近くのコンビニは不思議な因縁を感じております。
今年の漢字を、先日の地区ミーティングで「半」と表現されていた方がおられました。
皆さんは何ですか?
自分は「改」です。実は心に秘める考え行動が、全く昨年とは違います。
もちろん、良い方向に変わっております。
そして、色々な諸難と共に、今まで解決してこなかった諸事が解決しつつあります。不思議です。
令和3年12月26日(日)
少し困ったことがありました。この日記のデータ(r3.7.24-8.20分)が消えておりました。
気が付きませんでした。汗
きっと大したことは書いていないので問題ないのですが、少し失敗しました。
今日は、対象者も含めた年賀状を書いておりました。先ほど郵便ポストに入れて来ました。
外は日に日に寒さを増しているみたいです。
温暖化なので、寒いのは地球にも優しいはずですが、身に沁みます。。
仕事納めの週となります。仕事は今年が完了しても、やり残したことは残っているので頑張らなければと思います。
昨日の幹部会では、御主管は「開目抄(下)」の御金言を引かれ、鉄はそのままでは駄目で、熱くして鍛える事で傷なくなる。価値が出てくる。
何度も叩く事で、傷が見えてくる。度度攻めなければならない。仏道修行の事を仰っている。我々の命にも傷がある、過去の謗法の罪がある。
戦えば戦う程、うちの中から傷を修復していく。自らの罪障が転換していける。
今、傷を修復せずして何時するのか。
身に実践していくことの大事をご指導くださいました。
令和3年12月21日(火)
前回の日記は、少し傲慢な感じがしたので、(※個別にお聞きください、の文言)
訂正し、お詫びし、塚原三昧堂についての内容を、秘密と勝手に豪語した情報をお伝えします。
前述の1400年代に書かれた書籍に、なんと阿仏坊が、【野池】を越えて大聖人様の元にいらっしゃった、との記載があり、その野池が、令和の今、存在するのです!
それだけの事なのですが、とても個人的にはびっくりしてしまいました。
鼓笛隊で、長女、次女が頑張ってますが、その長女は小学校6年にもなるのに、親の前では甘えが凄いです。
笑
口癖は【パパいつも、ありがとうー】です。
母には追善毎日してますが、生まれ変わった長女が、代わりに【ありがとう】と、言っているようにも聞こえるように感じる事があります。。お塔婆あげなければ。。
コロナ、また少し増えてますね。
皆さん、極寒も相まって、また魔の多い12月ということもあり、引き続きお気をつけください。
令和3年12月17日(金)
富士門に帰依した方で、日教という方の「六人立義破立抄私記」という書には、阿仏房殿について書かれており
阿仏房が大聖人様に申し上げるには、
「自分は東国・坂東の流人で、流された当初は誰からの便りもなく、申し上げるまでもなく、大変な状況でした。お聖人様もきっと同じような状況だろうと想像され、私は今、何も立派な食べ物はありませんが、持参いたしました。」
と。
阿仏房は東国、即ち関東近辺の坂東武士だったことが分かります。意外に我等、関東の信者とは故郷が近い存在なのかも知れません。
もう一つ、日蓮正宗所管の、この塚原三枚堂のこの場所が、真実である証拠となる、大事な記載・発見があるのですが、これは密かにして、此処には記載しないようにしました。
(一度書いたのですが、やっぱり消しました。秘密にします。すみません。)
とにかく、この塚原三枚堂の、此の場所はすごいです。(個別にお聞きください)
今朝は雨で、昼頃晴れ、また雨が降ってきました。
自分は性格が暗いのか、雨の日は、雨音や、傘の下の空間が好きです。
令和3年12月15日(水)
今日は、朝仕事に行く前に、本堂にいるとき、嬉しいことがありました。
中高からの35年に渡る大事な後輩から肩をポンっ叩かれて、そこから色々な話に華が咲きました。
このCafe'dも見てくれているとの事で、喜びヒトシオです。
夜は御主管御出師の「勉強会」に参加させて頂きました。
テキストを持ってなかったのですが、隣の少年部長が、冊子ごと、貸してくださいました。
勉強会は、初心者向けとは言っても、秘伝書を引用されての御法話は、全てが聞き逃せません。メモを、沢山とりました。
信心の確信を深められる、信力を強められる勉強会でした。
令和3年12月13日(月)ver.2
昨日、法道院創立123年のよき日に、御主管ご出師の創立記念御講に、家族で参詣できました。
有りがたくも本堂でした。
大聖人様、五大部の「報恩抄」の御法話では、欧米思想にはない、【恩】についてのお話。
様々な人々からの恩に報いる事。
その中でも父母の恩、特に三宝の恩に報いる大事。
日蓮正宗を信じる人が、自分たちの周りにどれだけいるのか。
謗法が日本に多いこと。
また、大聖人様の時代にも疫病があったことなど、今のコロナ禍の時代に比べ合わせ、正法広布、広宣流布を改めて誓いあえる甚深の御指導です。
朝の唱題行は、リモートで参加したのですが、m幹事は、今から123年後の支部を想像され
今日の我らの小さな下種、折伏が、何代も続く信者を生み、我らのご供養が、将来立派に、お寺を荘厳にし、青年部のチリ一つ拾うご奉公が、寺院を未来にピカピカに輝かせることに繋がる、法・財・身の供養に、通じる話をしてくださいました。
令和3年12月13日(月)
昨夜は我が地区に、御尊師が講頭を脇士に激励に来てくださいました。
「必ずやるぞ!との意識が大事」
とのお話も頂きました。
御僧侶の入られるところ、国土世間が変わると、幼い頃から聴いてきました。(回経についての話で、聞きました。)
地区が変わらない訳ないですね。
もったいない事です。
しかし、自分はこの案内メールを翌日受信し、情報把握が遅れ(米軍通信基地の為にたまにネット環境悪くなります)、リモートとなってしまいました。
あと、半月強。
何だか、寒さからか「無気力」という魔に襲われましたが、土曜は時間が出来るので動く計画を立てつつあります。
頑張ります。
中山法華経寺第 3代日祐(1374寂)の 『一期所修善根記録亅に
「身延山久遠寺同御影堂,大聖人ノ 御塔頭 ,塔頭板本尊金薄造営修造結縁」
とあ り,初期身延山久遠寺は
・御影堂
・大聖人御塔頭 ,
・塔頭 (弟子の坊)
が 存在 していたことが、書かれてました。
搭頭とは、我々大石寺門徒には聞きなれませんが、「たっちゅう」と読み
【搭中】と表現されるようです。つまり坊のことのようです。
10間四面の大坊、
大聖人お住まいの坊
お弟子の坊
が有ったわけです。
大聖人の坊、お弟子の宿坊は何処に存在したか、想像しております。
令和3年12月10日(金)
寒くなってきました。
皆さん、体調大丈夫ですか。
自分の座っているところはサーバールームに近いので、風の流れがあり、より寒く感じます。
会社で無料のお茶やコーヒーなどいつでもマグカップで飲めるのですが、このタイプの粉っぽい温かいお茶を飲むとき、いつでも
大聖人御一代の小説「富士」の一場面を思いだし、状況を勝手に想像してしまいます。
松葉ヶ谷の大聖人様が、まだお一人のときの草庵に、客人が訪れるわけです。
まだ、弟子がいないので、大聖人おん自ら、
「粗茶を、しんぜよう」
と仰せられて、その客人にお茶をだされるわけです。
鎌倉のこの松葉ヶ谷草庵付近には、日照り、干ばつの時に、大聖人様が堀当てた井戸が存在し、令和の今でも残っています。
このような井戸水でお茶を出されたのかもなんて、想像するわけです。
どんなお茶の味、だったのでしょうか。
鎌倉には何度も行きました。あの時は、学生だったり又失業してたりで、不安を抱えながらも、大好きな鎌倉にいつもひとりで、行ってました。
今日食べている昼は、「とりそば」で、これまた本山の山門食堂を思い出します。
昨夜は学会員の叔母と、ファミレスで会い話ができました。
令和3年12月5日(日)ver.2
今日の地区のミーティングでは、意外な形での魔の蠢動(しゅんどう)について聞くことが出来ました。
そのような形でも魔が出てくるのかとの、内容でした。
御書にも、大聖人様が身に魔を寄り付けない、用心が深いので、極楽寺良観などの法師に付いて大聖人様をあだむ、ねたむとの内容が有ったと思います。
我が同志の中に魔が出てくるケースを、久しぶりに見聞きしました。
よりお題目を真剣に唱えて頑張りたいと思います。班員さんや同志、後輩たちを守っていきたいです。
御開基日応上人様「辨惑観心抄」にのたまわく
『然るに汝不相伝にして妄りに吾正法を誹謗す恰(あたか)も天に向て唾するものと何ぞ異ならんや。』
以上。哀・・
令和3年12月5日(日)
広布唱題会では、沢山の諸先輩や同志、後輩たちにも会えました。
埼玉南部のO班長や、西都の親戚筋のK班長とも内輪の長話です。
笑
サッカーの上手な、埼玉南部男子部のkk君は松坂選手の引退セレモニーで泣いたそうです。
笑
「法華読誦の音青天に響き、一乗談義の言山中に聞こゆ」
と、御書には、大聖人様のお住まいの地での様子がうかがわれます。
「一乗談義」とは、深い意味があると思いますが、本堂での談義は、また頑張ろうと個人的なには思うものです。
お寺への参詣は、お寺へ徳を集める事と、異体同心の団結を深める為。また
御祈念願いを出すことで慈悲心が湧き、使命感が出て、対象者が見えてくるとの、折伏への具体的な御指導です。
法華初心成仏抄、御義口伝の御金言を引かれての御指導でした。
昨日、三女との留守番中に、テレビをつけたら、TokyoMXで、Jリーグ最終節の生中継を放映してました。
長友選手、バリバリ現役です。あの体力凄いです。
「あーこんな舞台に立ちたかったな。」と部活挫折組なのに思いました。笑
サッカーで個人的には得意とすると思い込んでいたwフェイント(またぎフェイント)があったのですが、全く人を抜けませんでした。
人を試合で抜けないのに得意なのも変ですが。。
後で分かったことがあります。それは、身体の重心を傾けず、足先だけでフェイントしてました。
サッカー選手を見ていると、相手の重心を観察しつつ、そして自分の重心を反対に傾けて、しかし、逆に抜いていくのです。
やはり、足先、小手先だけのフェイントはうまくいかなかったのです。
物事の本質を伺い知った思いです。
そう、前にも話しましたが、中学の時に、ドライブシュート(センターサークル少し先からのロンク)が決まった感覚を、快感をw今でも忘れられません。
余談が多いですがw・・お寺で功徳と元気を頂いたので、とにかくこの1ヶ月を、頑張りたいです。
令和3年12月3日(金)
今週は、あっという間に一週間経ってしまいました。
師走です。時は早いですね。大雨が降った日あたりから、少しずつ寒くなってきております。
先週は、遅ればせながら打ち込んだ2回目ワクチンの副作用で少々、日々倦怠感があったような気がしますが、気のせいかも知れません。
仕事では、なかなかクリアできない問題があり、悩みつつ進めております。ストレスたまります。笑
何とか糸口を見つけて進めたいです。
我が家の外壁工事は無事に終わり、コテージ風の外観に生まれ変わりました。
壁が渋く輝いてます。
今日は、学会の叔母のところへアポイント電話をしたのですが、予定が合わないとの事です。
我が家の懐刀の三女5歳と行くつもりだったのですが、また時を待ちたいです。
たくさん書きたい事があるのですが、長くなるので短くすると上記のように単調になってしまいます。
塚原三昧堂の事について調べていたら、昔の妙教の40号、93号に写真が載っていたので、観ておりました。
改めて、日蓮正宗が管理しているこの土地が、御書の御金言に照らしても、正しく史実と一致した処である事に驚きます。
御仏智とはすごいです。
塚原というこの沢山の墓があった場所が、論議される事もあります。これは塚の腰といわれる場所が墓の傍という意味であり、だいたいの位置がわかり、そこからも御宗門の建てられた題目塔や石碑の位置、「塚原跡」の尊さが染み入ります。
750年も昔の事ですが原野に近い、当時の風景が残っているのがまたすごいです。
一度で良いので、行ってみたいです。
令和3年11月25日(木)ver.2
今日は、先日お寺に来てくれた長女のお友達が、自宅に遊びに来てます。
少年部長のお計らいで、その新来者の妹さん向けの御会式でのお菓子を、お預かりしてました。
ちょうどご宝前にあるので、帰り際、題目三唱の時、持って帰ってもらえるようです。
令和3年11月25日(木)
昨日は、御主管御出師の勉強会がある日でした。絶対に聴き逃がせなかったので、仕事も帰宅時間を意識しつつ進めました。
しかし、夕方お寺までの道中も含めて、魔が強かったです。
この日、y御尊師からも、副講頭とからも、連合会少年部長にも、企画部長からも、多摩各班長さん、親戚からもw
子供の御会式での長女、次女の体験発表についてお褒めを頂きました。子供たちは見えない功徳を沢山積ませて頂いたのだと思います。
一昨日の余韻が我が家にもあり、次女の勤行の真剣さが少し増した感じがあります。
勉強会では、方便品・寿量品の読誦が大聖人様からの相伝であり、それは「月水御書」にもおしたためであること。また日寛上人の御指南も御紹介頂きました。
また、実際の方便品、世雄偈のお経を巻物でお見せいただきました。
思ったよりも長いのでびっくりしました。これは朝は時間が足りません。
帰宅後、さっそく「妙法蓮華経開結」を開いてみました。ページ数がすごいです。
「方便品、世雄偈」が本山の昔に読まれていた歴史が薄れていくことを御主管は少し寂しがられておりました。
御宗門の昔からの伝統がこれからもずっと引き継がれていくように祈りたいです。
令和3年11月23日(火)
今日は記念すべき、宗祖日蓮大聖人御聖誕800年の、子供の御会式でした。三女と自分はリモート参加です。
御主管、御僧侶の申状のお声が、パソコンを通して我が家・持仏堂にも響き、霊山此処にありとの音声と感じました。
御主管からは、日蓮大聖人様は、仏様であるから、御入滅されても滅不滅であり、三世にわたる常住の御命を寿ぐお会式であること、との甚深の御法話です。
本堂では、もったいなくも我が子二人がお役を頂き壇上に立つことが出来、功徳を頂きました。
又、新来者も一緒にお寺にお連れして参加するという、化他行をしての参加は、純粋な信心を自分も見習わなければと思います。
壇上の講頭からも、我が子の体験発表についても少しご紹介があり、純粋な子供たちの心に、刻まれていると感じます。
少年部長からも、白子の先輩からも、子供たちへの労いのメッセージやお電話を頂きました。
先輩のお子さんは、お寺から帰宅し、より夕の勤行を真剣にされていたそうです。
純粋な子供の信心を、ここでも学んだ思いです。
今日は、又我が家には、家の外壁をお願いしていた関係ではあるものの、他支部の方や班の方が6人も来てくれました。
我が家への家庭訪問です。笑
それ以外にも3人の職人さんが我が家の最終工事に来ており、14人もの方が我が家に居た計算になるのです。
賑やかな日でした。
中等部スタッフの時、当時の部員さんが我が家に来てくれた時以来の人の多さでした。
「人も栄え國も栄えん」とのお言葉を思い出します。これも全て御本尊様からの功徳でしかなく、これからの御報恩でお返しするしかないです。
令和3年11月21日(日)
昨日、豊島の地区長mさんと共に、霊山に行かれたsさんと3人で破折していた元顕正会員の方から連絡がありました。
今年3月、その方へ私からlineしていたのですが、8か月ぶりに連絡が来ました。元顕正会といっても、まだ法華講にも入講していない方です。
45分も長々と話をしておりました。この方はまだ顕正会の間違った考え方が少しある方です。ご本人の現証としてもとても大変な事が多いので、「理屈ではなく、功徳のある法華講の信心に再入信」するように伝えました。この縁も絶やさずに続けていきたいです。
夜は地区の幹部ミーティングがありました。各班、また個々人の状況や副地区長からも推進会の状況も伝えられました。
地区長からも、「すぐに結果が出ないかも知れない。焦らずに、ひとつひとつの縁を大事進めていくよう」激励されてました。
折伏の為の足(動き)が削がれたり、時間が取られたりし、折伏の邪魔をする見えない動きがありますが、異体同心進んで行きたいです。
令和3年11月19日(金)
信心している以上、毎日が良い日であるのに、表面の結果だけ観て、良し悪しの判断が自分にはあります。
御本尊様から離れたら、それはいつも地獄なわけですがしかし、我等信徒はいつも、表面にある結果はどうであれ、冬は必ず春となる道理です。
少し驚いた事がありました。
班の拠点のお宅が住宅関連の会社なので、我が家の外壁工事をお願いしました。
以前その会社の職人さんが打合せで、我が家の御宝前に来たので、その場で下種させて戴きました。
実はその職人さんの一人が、妙証寺のご信徒だったのです。
本当にびっくりしました。班の拠点の方も驚かれておりました。
その工事は現在最終段階なのですが、その妙証寺の職人さんが我が家の工事をしているとき、自分は、在宅中でしたが本当に大変な時でした。
そのタイミングで、そっと家の周りにいて仕事されていたのが、この法華講の方でした。
何か知らないところで諸天に護られていた事が、今わかりました。
振り返ると、これは功徳と分かる事がありますが、本当に嬉しい出会いとなりました。
職人さんは信心の事を色々教えてほしいとの事で、(信心2代目の強盛な奥様とご家族と共に幸せに生活しておりますが)色々側面からお伝え出来る事はしていきたいです。
今年の課題がひとつひとつ、解決してきております。
先日来、学会の親戚や、正信会のところにも電話をしたりしつつ、縁ある友人にも折伏を進めておりますが、ひとつひとつ解決して御報恩の為にも結果を出していきたいです。
昨日、日蓮正宗にも縁のある、川越「仙波檀林」の近くに行きました。
大聖人様が御修行時代に、阿闍梨号を頂いたという場所でもあるらしく、「日蓮大聖人の伝法灌頂の地」と一般的には言われております。
数年前は写真も撮ってきた場所です。今回は別の用事だったので近くを通り過ぎただけでした。
此処は、
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北院(喜多院)
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中院★
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南院
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と場所的には縦に、建物が有ったようで、この「中院」が大聖人様、又御歴代上人(第6世日時上人、8世日影上人、9世日有上人、13世日院上人)の御就学を為された仙波檀林ともいう場所です。
この中院という場所に、後に「仙波東照宮」という建物が立つ事で、上記の伽藍は、下記に変化します。
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北院(喜多院)
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仙波東照宮★
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南院
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中院
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という形に、中院が最南端に移動したのですが、この場所は既に、大聖人とは縁もない地であるのに、伝法灌頂の地と主張するのですから、歴史、宗史に混乱が起きます
700年もたつと、場所によっては、大聖人様のご足跡は間違って伝えられる事があるようです。
令和3年11月11日(木)
昨日は、本当に久しぶりに善き日となりました。
御主管に対面でお話する機会があり、もったいなくも温かいお声かけを賜りました。
講員のひとり一人への深い、御慈悲は、まさに日蓮正宗が正しい事を肌で感じます。
本当にもったいないです。
壮年部唱題会に本堂で参加させて頂いたのですが、始まる前、諸先達にもお会いし少し対面で話が出来ました。
埼玉南部O班長さんが、ご自宅の重宝をお寺に御供養された話をしてくださいました。日応上人様時代の書です。
その書の写しは以前、O班長は我が家にもくださいました。
また豊島中央地区長さんは、会社出勤前のお寺でもお会いしていたのですが、その後、街頭折伏に出られ、新来者をお連れしたというのです。
この話は、この後の御尊師の御法話にも話題のひとつとして紹介されてました。
唱題会の後、御尊師は、御法話で新庄監督の話も例に挙げられ
日々の積み重ねが大事であること。そこに自分にも徳が積まれ、その徳で折伏対象者を引き寄せる事ができる、不思議な折伏ができる。
日々、小さな目標を立てていく。そしてその小さな目標の達成を、小さく喜ぶ。その積み重ねが、大きな目標、誓願も広宣流布の達成にもつながっている。
外からの魔には我々は強い。しかし内からの魔が強く、たたかれて臆病の心が出た時に負けてしまう。
今、何故此処に、この(本堂の)場にいるのか。大聖人様の教えを広めるためにここにいる。
大変な事は山積みかもしれないが、お題目を唱えて頑張っていきましょう。(趣意)
と、お話くださいました。
その後、壮年部長が、残りの50日を悔いなく活動できるかが大事であることを強くうったえられておりました。
小松原の法難の善きこの日に、参詣できた事。沢山の方にお声かけ頂き、このコロナ禍で久しぶりに人の温かみを感じました。
有難く思います。
がんばります。
令和3年11月3日(水)
今日は家族全員で、お寺に参詣させて頂く事が出来ました。
御法話で御尊師からは、「申状」は広宣流布を願う姿であり、今日、明日から折伏の実践を誓う御会式であるべき、との温かいご指導を頂きました。
本日、御尊師が御奉読の立正安国論で「陣前の軍の剣に靡(なび)くがごとし」の御金言を拝して、今年も(毎年ですが)思い出すことがあります。
(もったいない御金言なのに、あまり信心とは関係ないかもしれず、すみません。)
昔、東長崎の祖母が、「水戸黄門」などの時代劇。又「笑点」や「相撲」が大好きで、自分も最初は嫌々ながら、見るものは、祖母が観ている、そのテレビしかなく、ずっと観ていたら、本当に全て好きになり笑
今の現在も「笑点」は録画しても必ず観ております。
前置きが長くなりましたが、時代劇などを観ていると、関ヶ原ぐらいの規模の時代劇や映画だと、まさにこの「陣前」で剣になびく姿が現れます。
どのような状態かというと、例えば、馬などに乗った独りの将軍を目指して、敵の歩兵(歩いて刀などで戦う)が沢山集まってきます。
その無数の歩兵へ、馬上から剣を振りかざすと、ざっと刀のラインに沿って、大勢の歩兵がよけるのです。
まさに、少し遠くから見ていると、人がなびく。。即ち、「なびく」のは風でも草でもなく、人がなびいて見えるのです。
「そうそう、時代劇で、観ました」と心に思うわけです。笑
御僧侶mさんからは、「血脈相承を正しく拝し広布へ前進」とのお話でした。異流儀が迷う血脈相承「総」「別」の二儀があることの甚深の御説法です。
「法体とは南妙法蓮華経なり」との御金言を引かれました。学会破折時に使用する大事な御文です。
我等、別しての法体の御相承を御所持の御法主上人様の元、総じての血脈相承が脈々と通う、法華講の功徳ある伝統の御信心をさせて頂ける事、心から有難いです。今日は沢山の諸先達や同志、後輩にも会えました。
令和3年11月1日(月)
今日、会社はお休みを頂きました。
お世話になっている先生に、自分が日蓮正宗の信徒であること、南無妙法蓮華経を唱えていることを伝えることが出来ました。
沢山お話できました。
また三女の誕生日である今日は、この後ケーキを取りにいきます。
いつも平日はビルの中なので、町の雰囲気なんて意識しませんが、この秋晴れの爽やかな空気は良いですね。
そうそう、昨日は選挙投票に行きましたが、結果は期待するほどではないですね。
そんなすぐに政治の体制は変わらないのだと感じます。
年末まで、御指南・御指導のまま、余事交えず、頑張りたいと思います。
令和3年10月31日(日)
昨日、菩提寺の新館で「地区幹部会」が久しぶりに対面で開かれ、有意義な対話がされておりました。
青年部への育成という観点からも、我が子への法統相続についても真剣な論議がされ、諸先達からご自身の育成の御苦労が伝えられ、自分の子供だから間違いなく信心を伝えられるという事は、絶対ではないという内容も深いものがありました。
青年部の後輩とも会うことができ、青年部大会への労いと、逆に感謝の言葉が返されこれからの支部の若い人材が、膨れ上がる事を期待したいです。
「異体同心とは、広宣流布という一点に、我等の心を合わせて信心していく」という内容は日々御主管からもご指導され、東北気仙沼の同志も、同じ話をしておりました。
広宣流布という一点に、我等の心を合わせて、明日からの11月を切り拓いていきたいです。
令和3年10月29日(金)
今まで長年、困っていた身体の悩みだったり、何かスッキリしない精神的な内容だったりしたことが、今年の大きな苦難を乗り越えて、一つ一つクリアになって来ました。
物を何かもらうというより、心の宝物を戴いた感じのする昨今で、これが功徳なのかも知れません。
具体的には仕事でも、ずっとクリアできなかった、敬遠していた「開発」の大きな仕事をひとつこなし、その道で又プロを目指していきたいという目標が出来ました。
健康面でも、(若い若いと勝手に考えて)身体を大事にしなさ過ぎたので、色々労わっていく年になりつつあると思います。
家族の大切さも、ひとしおです。
親が幼子を夫婦で殺してしまうという悲惨なニュースが頭に残り、悲しい気持ちになります。
本当に、我等日蓮正宗の信徒は幸せでが護られているのだと思います。
令和3年10月26日(火)
実家の家族が退院しました。
二週間前倒しです。
これも功徳の実証と思います。
家族が健康で、一年、元気に信心活動出来ることが、こんなにも有り難く感じる一年はありません。。それだけで十分です。
令和3年10月23日(土)
今日は次女と共にお寺に参詣させて頂き、優先唱題
に参加。また久しぶりにt班長、次女と共に山門折伏に立つことが出来ました。
折伏しながら、人の様子を少し眺めておりました。
普段の状態の、お寺の山門に立つ人を見かける、通りすがりの人は、{コロナも収束に向かうのだろうか}と思うでしょうか。
やっぱり、折伏に少しでも動くとありがたい功徳を頂くものです。
次女は唱題も少し長時間頑張ったので、御褒美をあげました。地元のパン屋さんに連れていき、駅前のちょっとした公園でお昼にしました。
副地区長はじめ、皆に褒められたと、「今日は良い日だ」と満足そうでした。次世代の子供たちに折伏の功徳を伝えなければ。。
折伏推進指導会にリモートで参加させて頂きました。
御主管は、「中興入道御消息」の御金言を引かれ、大聖人様御在世の信徒を思えば、どれだけ折伏し易い時代か。
また、御在世当時は、弘安3年には日本国の1/10が南無妙法蓮華経を唱えていた時代であったことを史実の上からご教示くださいました。
折伏の勢いは、御在世を見習へ、日本一とはおこがましい数であるぞ、とのご指導はありがたく感じます。
御尊師からは、このコロナ禍で経験した功徳の体験を班座等で話をする大事をご指導くださいました。
明日は青年部大会ですね。精一杯応援したいです。今日も地区の青年に少しメールをお送りさせて頂きました。
令和3年10月20日(水)
悪いことが複数同時に起きることがあるなら、それが無くなるのも同時なのは、不思議ではありません。
秋に入る頃から、余りにも諸難が起こるので、手帳に、今何が起こって何が解決しているか、書き出しておりました。
いま、同時に3つぐらい、解決してきております。。ほっ。。
実家の家族も入院先で、少しずつ落ち着きを見せており、
また、自分の仕事も難局を乗り越え
体調面でも、不可思議な功徳を頂きました。
御本尊様は凄いです、ほんとです!
「鬼滅の刃」を子供達の影響で観ることがあります。
今朝、スマホで2021年のヒットソングを聞いて出勤していたら、この「鬼滅の刃」のサントラが流れて来ました。
「鬼滅の刃」の主人公は、悪鬼に因って家族が惨殺されてしまいます。
しかし、妹は鬼にされてしまいましたが、人間の心が残り、生き残りました。
この悪鬼退治の為に、主人公は剣士として立ち上がります。
ある悪鬼が、この主人公を寝かせ「夢」を見させます。その間に殺そうというのです。
その夢は、家族が生きていて幸せな日々の夢です。
夢の幸せな実家に、現実生きている主人公の心が帰り、実際にその、家族と、会話も出来ます。
しかし、夢だと主人公は気づきます。そして悪鬼の仕業とも気がつくのです。
しかし、この夢の中にずっと居れば、今は居ない家族ともずっと会話が出来、幸せな日々に戻れるのです。
主人公は言います。
「ずっとこの、夢の中に居たい。。」
と。
しかし、夢から目覚める為に、悪鬼に倒す為に、再び立ち上がるのです。
すみません、長々とたかが漫画の1シーンを綴ってしまいました。
なかなか、感動させてくれる映画です。
令和3年10月19日(火)
今朝、真夜中3時に尊い方の「引き題目」で目覚めました。何とも言えない気持ちでおりました。
昨日は、地区の前の副地区長さんが夢で出てきました。
班や、我が家を心配してくれているような気がしております。
仕事は夏ぐらいまで、現場やネットワークをしていた自分ですが、今、開発の仕事をしております。
久しぶりにプログラムを詳しく観ております。
仕事以外の事が大変で、仕事中お題目を心で唱えているので、仕事が順調です。
一本、開発の仕事が仕上がりそうです。
令和3年10月17日(日)
同期でもあるi幹事が、御自身の育成の内容から、先代のお話を引用されました。
「広宣流布の最小単位は『家族』である」
我が実家は父が信心をしておりませんでした。家族の広宣流布はなされておりませんでした。むしろ反対で、あらゆる信心の妨害をしてきた時もありました。
それは我が家の仏壇に及ぶ事もありました。
その為か、我が家の信心は歪む事もありました。
おかげで、今の我が家全体の病苦があると、強く今感じております。
我が家の罪障です。
この先代のお言葉は、とても短いお話ですが、とても深いお話だと感じます。
昨日の法話会では「病について」との御在勤mさんのお話でしたが、この内容はメモを取り、参加できなかったお誘いした方にお送りしました。
実家にもこの後送ろうと思います。
「医者もお手上げの病気も、難病も、この妙法の御本尊様に南妙法蓮華経と唱える事で乗り越える事ができる。。」と。
この後、挨拶で立たれた豊島m幹事は、
病気で苦しんでいる人を仕事現場でも観られている状況の中で、「ピンピンコロリ」の話をしてくださいました。
医療はこのピンピンコロリを目指しているという話だったと思います。
今までピンピン元気だった人が、コロリとすく死ねる事だそうです。病気で入院生活がない。。
我が日蓮正宗の信心がこれほどにも素晴らしい事を昨日、法話会に参加の方に少しずつ伝えていきます。
都合が合えば、青年部大会にも参加したいとお話してくれております。
法戦。。フロントラインのその空へ。。エンジン全開?(ではないですが)また飛んでいこうと思います。
令和3年10月15日(金)ver.2
10月15日というと、熱原三烈士の御法難の日でした。
熱原法難では、女性の信心が、信徒を守ったという史実があるようです。
熱原の三烈士が首を斬首されたあと、残りの捕らえられた信徒にも、刀が、向けられておりました。
全員斬首の予定だったのです。
ある女性がないておりました。
武士が笑いながら言います。
「女は、かいなきもの。。」
その女性は言います。
「
命が欲しくて泣いているのではないのです。女性の身として今まで、首を切られずにいるのは、成仏が遅れるという道理です。それに嘆いているのです。
」
と。
それに感じた平左衛門尉は、
そのあと、他の信者を赦したのでした。
もし、この女性信者さんが退転して念仏を唱えていたら、今の我らの幸せはあったでしょうか。
夕の勤行で、熱原法華講へ謹んで追善のお香を焚きました。
熱原三烈士は、生まれ変わり、富士方面の大信者として、もしかしたら、今を生きているかも知れません。
夕勤行している時、御本尊様の御前で拝せることが、本当にありがたく思いました。ありがとうございます。
明日の法話会に参加される人
が、入信できるように祈っていきたいです。
令和3年10月15日(金)
薄皮を剥ぐように、日々、色々な事が少しずつ好転してきてます。
実家の家族も、入院先で睡眠が取れるようになり、又この病院で良かったと、思っているようです。
今週も長くて辛かったです。
やっと週末。
仕事関連での方を、オンラインの法話会にお誘いし、参加してくれる約束が取れました。
二人いて、一人は確定です。
御法主上人猊下様の御指南を毎日拝読しているのに、なかなか唱題の功徳を折伏行への行動に出来ませんでした。
やっと、成果が現れてきました。
令和3年10月11日(月)
情報交錯も「魔」となり、襲ってきます。
10/8に身内は手術を受けました。
(日記では入院したと伝えましたが)これは、前に主治医だった人の情報が、家族伝わり情報が重なり、自分のところまで届いたので、情報交錯してました。
10/9に、手術(10/8)を無事に終えた、当の本人から少し元気なメッセージが、届きました。
少しだけ安心しました。
御主管、お寺への御祈念願い、地区の方々が沢山祈ってくださったおかげて、無事に終わりました。
御本尊様、本当にありがとうございました。暫く本人は、入院生活が続きますが、蘇生して帰宅すると祈りたいです。
表現悪いですが、ヘビは生殺しにされると長生きするそうです。。
土曜日の朝の唱題行の後、挨拶で、豊島のm幹事が立たれました。
御指南を引かれ
唱題の功徳で、病気も克服する。結果が出ない信心は、その行体を見直すべきとの、内容でお話下さいました。
まさに、ドンピシャ我が家に当てはまる内容で、心に突き刺さりました。
唱題行の功徳で、御本尊様からのお言葉を、企画部長の口から聞いたように思え目頭少し熱くなりました。
そうだ!自分の事、家族のことで、悩んでいる境界は早く脱したいです。
土曜日は久しぶりに班座談会がリモートで開催されました。
皆さんと久しぶりに会えました。
我が班の男子部も、仕事の困難に、直面してます!応援するぞー
昨日は実家へ行った後、家庭訪問を一軒回りました。
今朝2つ夢を、見ました。(くだらない話で、すみません。)
↓
町に徘徊していたと思われる大きな怪獣が、潰されて、我が家の前に死骸がたおれていました。
もうひとつは、仰向けの自分に、襲いかかる悪魔を、懐(ふところ)に忍ばせた物で撃ち抜く直前。その夢です。
↑
今日は10/11で、佐渡に向かわれる大聖人さまご一行が、我が家の前を朝、歩かれた可能性のある善き日、朝方の「夢」でした。
令和3年10月7日(木)
今週もまた色々ありました。今年は凄いです。
実家で家族の入院があり、大々的な手術という話まで、昨夜ありました。しかし、容態が緊急性がないことから、オペもなくなりました。
仕事中、ずっとお題目を心であげずにはいられない一週間でした。
お題目のおかげて、仕事は順調です。
この中で、闘病平癒御祈念を出そうと、お寺に参詣すると、御祈念願い提出前に、御主管よりお声かけ頂き、家族の心配をして下さいました。不思議です。
地区の皆さんも御祈念してくれております。
令和3年10月3日(日)
広布唱題会に、有り難くも本堂で参加させて頂きました。
御主管や御尊師、縁あるお所化さんのお姿に心落ち着きます。
広布唱題会が始まる前、
どこからか反射した太陽の光が、本堂の御本尊様の右下「廣」のお文字を照らし、その後、左に移り「日」の字を照らしておりました。
御主管は、ここ十数年の支部活動を省みられ、今年の大慶事の年、残り3ヶ月を折伏に動くようにご指導されました。
地区の方々や、他班の諸先輩、青年部の後輩にも会え話が出来ました。
特に講頭は、二回もお声かけくださいました。「動くしかない!」と。生命力の塊の方です!
山門階段では、連合会少年部長もお声かけ下さり、少年部の我が家二人の事で激励頂きました。今年の少年部体験発表集が、今から楽しみです。
令和3年9月29日(水)
9月。。個人的には困難続きの日々に、少し夜明けが見えてきた感があります。
これらの局面を乗り越えると、大きく展開することが多いので、もう少し辛抱して頑張ります。
8.31の此の日記に、大白法の内容を載せましたが、「大慶事の年は、今まで進まなかった事が進展したり」と教えられ、正に、ここ数年気にかかっていた事が解決します。
丁度、本当にお灸みたいな痛みです・・笑
今日は世法の事ですが、班の方とお会いすることが出来ました。
その義理のお父様は、自分の恩人であり、今日は本当にうれしい日となりました。
御本尊様と御法主上人、御主管に感謝の念しか出てまいりません。。
令和3年9月27日(月)
御宝前の部屋に、日応上人100回遠忌のお経で頂いた、色紙を飾っております。
御筆跡が凄いですね。御主管の御慈悲を感じます。
昨日は幹部会と地区のミーティングにリモートで参加させて頂きました。
御主管からは、「漫然と1日を過ごすのではなく、一歩一歩進んでいく。計画的に。新しい事に挑戦していくこと。我が菩提寺のホームページの活用をしていき育成を(趣意)。」等のご指導を頂きました。
御尊師からは、「日蓮大聖人御聖誕800年の功徳とは、良い事ばかりがあるというよりは、障魔、罪障となって降りかかってくる。無始の罪障が消せる時も今であること。変毒以薬、自分が変わる時であること。御指南、御指導通りの信心を(趣意)。」とのお話でした。
この後、地元ディーラーと約束があり参りました。愛車がリコールを修理され無料で色々なところがキレイになって帰ってきました。
少し嬉しいです。
夜に地区のリモート会議がありましたが、参加の皆さん、色々班の事で苦労されており、頭を抱える日々があるそうです。
今年は、皆さん大変そうです。
青年部大会に向けて、地区でも応援していこうとの話があがありました。頑張れ!青年部!
今日は午前中、学会の叔母へ電話して、再折伏の言葉を伝えておりました。
なかなか頑固です。笑
令和3年9月25日(土)
先日の激励会では御尊師より、直接「信力、行力を強くして頑張って下さい。」とのお話を頂きました。
御尊師に、全てが見破られている感じがしました。御本尊様への強い信力も、折伏への行力も自分には欠けております。
色々な難事が重なる時、一筋でも光が見えてきたときは、折り返し地点と思っております。
一番の底辺よりあとは上がるだけなのではないでしょうか。
相乗効果で、少しずつ好転していくことがあります。
8月も、9月も色々と大変な事がありました。ご指導にある、『一生の罪障を消せるのも、「今」』であれば、お灸のように痛くて痛からずです。
物事は、進むか退くかしかない、といつしか輸送班の先輩より聞いたことがあります。
信心は、進むしかないので大変な事もあります。
季節は冬に向かいますが、信心では春に向かうので、頑張ります。
令和3年9月23日(木)
お彼岸会の本日、午前中は、三女のポンポン隊の練習がリモート開催され、御僧侶のお話も拝聴させて頂きました。
又、お昼ごろ自宅を出発し、お寺に参詣。納骨堂のお経にも、激励会にも参加できました。
参詣の機会を頂き、もったいなくも、功徳を積ませて頂きました。
今週は一難去って、また一難で、今週は精神的に重圧のかかる日々でした。
班の同志が、スモーク窯を購入し、自宅で本格的な「スモークチーズ」を作ったとの事で、おっそわけで頂きました。
量的には沢山。笑
販売できるレベルのスモークチーズにて驚きました。
信者さんは、色々な事に長けていることを感じます。
料理やDIY。。日本人は手先が器用で頭が良いのですが、信者さんはそれに磨きがかかっております。
信者さんで、芸能界の世界でも活躍している人がいるのは、仏様にいつも護られている姿と感じます。
令和3年9月18日(土)
昨日、茂原の先輩から、日顕上人様のビデオが送られてきました。
「地涌讃徳」の歌詞をバックに、御登座以来の御事跡が動画で綴られたものでした。
九州同志から送られたとの事で、「先駆の九州」からの贈物で、一度拝すると感動の動画で、さっそくスマホに保存しました。
この動画で拝する日顕上人は、創価学会問題直後の時期も、その表情が変わらず、動じていない御姿を感じました。
あらためて日顕上人の御威徳を、謹んで感じます。
今日は、久しぶりに父に、子供たちを連れ会ってきました。
子供と手をつないでいる父は、少し嬉しそうでした。
食材を沢山と、実家の「柿」をくれたのですが、実家の庭が懐かしいです。
少し親孝行が出来たでしょうか。
日応上人の「本門戒壇本尊縁由」というお書き物が、インターネット上に以前あり、テキストで残していました。
そのサイトは今は閉鎖してしまったので、本当に良かったと思っております。
そのお言葉を少し拝しておりました。
令和3年9月17日(金)
一昨日、御主管の勉強会に参加させていただくことが出来ました。
「勤行」についての2回目の御講義となり、改めて自己の勤行姿勢を見直すきっかけとなります、もったいなくもありがたいです。
日応上人様の御指南で、「ゆっくりとお題目を唱えるように」との御指南がどこかにあるとの事にて、さっそく自宅の日応上人様のお書物を探して、1冊ずつページをめくっておりましたが、まだ見つかりません。
「辨惑観心抄」などは要法寺の驥尾日守の邪義を破折したものにて、日蓮正宗信徒として信行の基本的在り方を御指南されているものではないので、その内容は無いかも知れませんが、何処か(の御指南)にあるとの事で継続して探したいです。
インターネット上には、日応上人の御指南は少ないですね。。あっ★拝してみたい書籍が思いつきました。確認してみます。。
現場での業務が、一応区切りがつきました。
御本尊様に護られた仕事環境であることは、工事監理者の方の「本当にこの現場はスムーズに工事が進みました」との言葉にも現れ、本当に御本尊様に有難く思っております。
子供たちの寝かしつけでは、「まんが日本昔ばなし(TBS系)」の動画を10分だけ見せております。これは
自分が幼い時に見ていたテレビの漫画を子供たちが観ております。
懐かしいというか、不思議な感じです。
令和3年9月12日(日)
今週は久しぶりの現場で、少し疲労してましたが、週末に部下にあたる人へ日蓮正宗の話を少しだけできました。
また昨日は班の同志が、我が家の壁の事で世法の事で訪問されましたが、一緒に来訪した職人さん二人に(御宝前で話をしていたのですが)我が日蓮正宗の御本尊様が素晴らしい事をお話出来ました。
思いがけず、下種が出来ました。
今日は、御報恩御講と龍ノ口法難会にリモートで参加させていただくことが出来ました。
御尊師は、龍ノ口の発迹顕のお話だけでなく、佐渡でおしたための「如説修行抄」について、この御書は真蹟は無いとのこと。
「この書御身離さず」との御金言から、もし「如説修行抄」の真蹟が存在し、首にかけていたとしても、折伏を身で行じていなければならないとの甚深の御法話でした。
明日から又仕事では大事な局面を迎えますので、信心根本に頑張りたいです。
令和3年9月5日(日)
「祈りがある場合、1週間ごとに祈りなさい。1週間で結果が出なかった場合は、もう1週間祈りなさい。必ず1週ごとに結果が出るもの。」と地区の先達から教えて頂いたことがあります。
8月27日に、この日記の通り、仕事での障害が出てからちょうど1週間の9月3日(金)に、仕事で良い結果が出ました。
1週間、意識して祈っていたのではないのですが、丁度1週間で、結果が出てきました。不思議な現証です。
この1週間は、少し辛い日々でした。
今日はもったいなくも広布唱題会にお寺に参詣させて頂き、御主管の御法話を拝聴することが出来ました。
「お互いが理解し合う広く暖かい心で異体同心の絆を固めてまいりましょう。」とのご指導でした。
お寺に行くと皆、「久しぶり」と声を交わします。
今日も地区のt班長や、親しい西部の壮年長さんと会えました。
地区の先達は、また昔、このように教えてくださいました。
「信心の心が変われば、その瞬間から、良い方向に変わる事があるんだよ。」と。
御本尊様の御慈悲は深いです。
令和3年9月2日(木)
来週から有明方面の、撤去工事が再開します。
準備のリモート会議が忙しいです。
所沢に住んで16年にもなりますが、少し車を走らせると森があります。笑
随分と田舎だと感じることが、今更ながらにあります。
のどかな田園風景とまではいきませんが、畑は本当に多い地域で、富士山が見れる場所があちこちにあります。
夕焼けもキレイです。
在宅時に午後、長女が帰宅します。
仕事の大変さも伝わらないとは思いますが、長女は、大声で歌を歌います。明るくて良いのですが、家族から家の中で、夜は少し苦情が来ます。笑
まだ近所からは苦情はありません。爆
自分も子供のころはドブ川でドロドロになって遊んでいましたが、親にはどのように映っていたのか、考えることがあります。
癒しにはなっていなかったのは事実ですが、病弱だった母の助けにどれだけなっていただろう、なっていなかったのでは・・悩みの種だったのでは、、と思うことがあります。
お塔婆もあげなければ・・
親孝行も、信心活動、又日々生活の中で、御本尊様の手のひらで我等生きているのは分かっていても、色々な不安があるのですから、まだまだ修行が自分には足りないみたいです。激励会で教えられた、「総罰」とも思えます。
令和3年8月31日(火)
御宝前に座っていると、「はっ」と気が付くことがあります。
これが御仏智だと感じることもあるのですが、昨日も気が付きがありました。
このサイトのコンテンツですが、御主管のご指導だけは直に法乃道を見ながら打ち込んでいました。
講中からpdfで送られているので、コピーできることを今更ながらに気が付きました、御宝前にて。。汗
今回8月15日号の法之道が今回手元にずっと無かったので、更新できなかったのですが、やっとpdfデータをコピーし更新することが出来ました。こんな事も気が付きませんでした。
雨が降り出し、少し涼しく日になっております。
猛暑日が和らぎ、秋の気配を感じます。
大白法にも記載がありましたが、夕方ぐらいから秋に鳴く虫の声が聞こえ始めます。
冒頭の記載に、「大慶事の年は、今まで進まなかったことが進展したり、大きな変化があったりする(趣意)」
とありました。
自分は輸送班の時に、国の「恩赦、特赦」のように我等の大きな罪が許される年と聞いたこともあります。
信心の歩みを進めないと、この報いを受けることが出来ないので、今日も少し折伏の電話を入れておりました。
7月に比べて、波乱の8月でしたね、少し辛かったです。
令和3年8月29日(日)
今日は、地区単位で開催の激励会に新館4階で、又リモートの幹部会に参加させて頂きました。
地区の皆様ともお会いでき、少し元気を頂きました。
お寺に参詣すると、家族をもいつも心配してくださる諸先達に会えて心強いです。
激励会では、御尊師より今年の御聖誕800年の年が、無始の自己の罪障を消滅をさせて頂けるのも今であること、又動いて油断がなければコロナからも護られる事をご指導でした。
また、幹部会で御主管からは未来地区で90歳の御婦人が折伏を実践され、元気で今日もお寺に参詣している例を引かれ、若い皆さんが負けていられないですね、と温かい激励を頂きました。
釈尊仏法が観念であるのに対し、大聖人様の仏法は実践仏法であることを、教えてくださったように感じました。
いくつになっても唱題して折伏に動くことが、物事解決の秘訣であることは頭で分かっていても、自分は実践できてないですね。
また青年部大会も開催されるということで、元気溢れていてよいですね。
実行委員長は我が親戚の息子さんなので、少し応援しなければと思っております。
色々ご指導頂いて、叱咤されて、学んで成長すると思います、がんばれ!
令和3年8月27日(金)
今日は松葉ヶ谷の法難の日でした。
仕事では、インパクトのある諸難があり、少し、久しぶりに落ち込んだ1日となりました。
長い目での仕事の反省もし、又信心の姿勢も見直す機会となりました。
子供たちの笑顔が、少し元気にしてくれましたが、筆が進まないので、今日はこの辺で失礼いたします。
令和3年8月25日(水)
先日の日記で、千葉県市川の曽谷さんへ与えられた御書で「弘安2年3月の御仏事」は、曽谷さんの家の仏事なのか、身延山の仏事なのかという論を記載しましたが、後から分かったことがあります。
この4年前の健治元年の4月の御書は、(ちょうど今月の我が菩提寺の御聖訓で御法話がありましたが)曽谷さん父上の13回忌の法要があったことが記されております。
即ち弘安2年は曽谷さんの父上の【17回忌】の年に当たる事から、御仏事という大聖人様の御表現からも、「曽谷家仏事」であろうことが想像されます。
パラリンピックの開会式は、ギターリストの「布袋」氏が出演していた事で騒がれておりました。
オリンピックの開会式より、パラリンピックの方が評価されているみたいです。
日応上人様の辨惑観心抄の現代漢字訳は、遅々ですが着々と(笑)進んでおります。
一生かけて作成したいと思います。
令和3年8月24日(火)
少し遅い、夏休みの最終日です。
お昼過ぎから少しだけ庭いじりをしておりました。(本当に狭い狭い庭です)
いつものように飛行機の爆音がしたかと思ったら、東京上空を飛来する為、入間基地を離陸して高度を取る、パラリンピックのブルーインパルスが曇り空にグレーの機影を浮かべておりました。
T-4という機体かと思います。
テレビでも東京上空のLive映像を放映していて、パソコンを開いてネットを見ると「日テレnews」のライブ映像が同じように放映されておりました。長女と観ておりました。
午後2時25分ごろ、(本当に先ほど)東京上空を飛んだブルーインパルスが、今度は入間基地に戻ってきました。
色の付いた飛行機雲を、所沢上空でも吐いてくれました。
しかし、曇りなので、少し残念でした。
本当だったら、一般的にはお祝いなのに、このコロナ禍での開催は、また感染が膨れ上がらないか個人的にも心配です。安全に開催されることを祈りたいと思います。
今日、この入間基地から、この華やかなブルーインパルス以外に、【アフガニスタン】へ輸送機が出発たとのことです。
なんとも、この激動の時代を映し出す、複雑な心境です。
令和3年8月23日(月)
昨日は班長会に、お寺に参詣させて頂く事が出来ました。
御主管がお出ましになり、親しく御法話を頂く事が出来ました。
リモートでの会合も良いが、基本は感染対策を十分にして、お寺に実際参詣することの大事をご指導でした。
確かに、自分は最近リモートでの唱題行など参加でしたが、実際に本堂に座ると、とても安心感があります。
また、賑やかなお寺の行事が出来る日を目指して頑張らなければと思います。
青年部時代に、当時の班長さんから、「御本尊様は宇宙大の御本尊様なんだよ。ちっぽけな事で悩まない。大船に乗った気持ちで信心しなさい!」
と指導を受けた事があります。
また、昔、実家近くの仏具屋で、脱会された大先達からこんな事を聞きました。当時、悩みが多く、どうしたらよいかを質問したところ、、
「悩みがないと、人は御本尊様に向かえないのよ。だから悩みがあるのよ。。ありがたいと思いなさい」と。
なるほど、、御本尊様は慈悲深く、有難いです。
令和3年8月21日(土)
富士山が8月20日に噴火するなんて、テレビやネットの噂(予知?)がありましたが、外れておりました。
(笑)
人を惑わす噂が、周りに溢れております。
今年は珍しく雨上がりに、我が町でも虹が出ることがあり、このコロナ禍でも、法界は慶祝の今年を祝っているのかも知れません。
ネットでも虹が出たなんて話があります。
また、昨日は夜空の「月」が幻想的でした。我が家の子供たちも印象に残る月だったようで、眺めておりました。