法華講員によるコミュニティサイト

Cafe'd Minaike113

店長日記

令和5年4月29日(土)

ゴールデンウィークが始まります。 もうすでにお休みという人もいらっしゃるかも知れません。

海外へ渡航される旅行客は、昨年の七倍とのこと。
コロナは多少増えてますが、やっと抜け出した感が少しあります。

大白法の3/16.4/16号は、掲載の御指南がとても今の自分の心に響いており、持ち歩いております。
もったいない御指南です。

大法道院展へお誘いしている方からの連絡を待っております。
三日は、班の方と家庭訪問に行く予定が立てられました。

2時間の唱題を目標にしておりますが、平日はできません。
今日は1時間50分唱題して、あと10分はお寺でしようと思ったのですが、時間あるのにしないと、魔が入るので、2時間完遂したら、探して見つからなかった3/16の大白法が、ご宝前から出てきて、 また育成したい班員さんへのアプローチのアイデアも浮かびました。

やはり、お題目のちからは凄いです!

(話は変わります)
威勢をもって謗法を砕き
との御指南を邪義、邪宗の輩は、漢字の解釈を間違っており

恫喝して、間違いと思うことを攻め立てる過去があります。

しかし、この「威勢」とは、
・いきよい
・元気
と訳され、決して脅すことではないのです。 法門をもって、日蓮正宗を攻められないから仕方ないのですが、笑

そもそも漢字の解釈が違うので勉強して欲しいです。

ここに日蓮正宗が、名実共に学会に勝利した、相伝仏法の尊さがあります。

令和5年4月25日(火)

子供達がお寺での活動が充実しているみたいで、学校行くより楽しいと言っております。

信心の横の組織、ありがたいですね。

当時、自分自身もそうでした。

しかし、平成二年。
学生部に上がるタイミングで、学会問題が勃発して、自分の大学生活ほ、大変でした。

そのあたりから、楽しいというよりは、必死で活動、お寺参詣していたのを思い出します。

もう当時の大変さは、話題にもならない時代に、なってきましたが

「富士の法統」を拝していました、最近。

戦後、本当に、御宗門が大変な思いを色々されていたことが拝されます。

どんなによく見えても、悪を重ねて来た人は、口を大きくあけて真っ黒な顔になって死んでいくことを証言している人の書き込みを、ネットでも見ました。お酒が時に人を悪くする。。

竹に上下の節あるがごとく。。
深く、ありがたい御指南です。

どこまでも御法主上人猊下様に流れる血脈と、本門戒壇の大御本尊様、根本。
あと、ご僧侶を敬えないと、必ず曲がっていきますね。

令和5年4月24日(月)

昨日は対面の班座談会で、人数は少なかったものの、組長選出について話し合いが出来ました。

皆さん、元気そうで良かったです。最後に観妙院上人のご指導も拝しました。

妙密上人御消息の 「一切時による事なり」 のご金言がどこの御書か判らず撰時抄や、その他御書をずっと最近探していました。

先日、御宝前横に掛かっている日めくり御聖訓で御本尊様から教えて頂きました。

昨日はお寺から帰宅あと、妻と歩いて市議会議員選挙に、行ってきました。
三女の卒園式に、来てくださった方に一票投じました。

カラスが我が家の睡蓮バチを襲っているとの情報があり、メダカの天敵は、水中のヤゴだけじゃなさそうです。。対策しなければ。。

令和5年4月21日(金)

残念ながら、テキストも鞄に有ったのに、勉強会にお寺へ参詣することが出来ませんでした。

講中メールに内容が、記載されありがたく思います。


先日、駅前に怪しい女性が立っていて、{顕正会かも!}

と勢いよく進んでいくと、コスプレした客引きでした笑。。汗

目が悪くなったのか、何なのか分かりませんが。。



ウサギの耳が付いてなくて良かったです。。笑

それを間違えたら、少し落ち込みます。修行がまだまだたりません。

令和5年4月18日(火)

昔(30年以上前)、当時、n副講頭が
「あなた方は、日蓮正宗に背いた者たちの末路をみることが出来るんです」
とお話していたのを思いだします。

鬼滅の刃は子供達の影響で、横から観ることがりますが、
【無惨】ってキャラクタがいると思いますが、

彼ら諸団体は、まさに八方ふさがりで、無惨、無惨。。

どうにもならない、しまった、という状況になっているかと。。、フビンです。。

我ら障害があっても、御本尊様の加護のもと、諸々乗り越えて、幸せな生活が出来ることが、有難いです。
必ず護られる!

令和5年4月15日(土)

今日は父とお寺に参詣することが出来ました。
家族の一周忌を終え、そのあとの一区切りがつきました。

帰りに父が食事をしようと云ったので、ファミリーレストランに寄りました。
父自身が幼い時には戦後で貧しく、好きなものを食べられない時代を過ごしたので、私自身が幼い時には家族を、実家近くのファミリーレストランに連れていってくれたのを覚えております。

今夜は、同じ系列のレストランに行き、私自身が幼い時に食べた事のある「和風ハンバーグ」を頼み、写真に収めました。
食事中に、自分が幼い当時を父が話してくれました。

夜に子供が寝静まった後に、そっと何もなくてもファミリーレストランに母と二人で行き、色々と息抜きをしていたそうです。
そうすると、近所の御夫婦も来ていたりして(笑)

当時は当時で、子育てや家の事で大変両親が苦労していたようです。

令和5年4月12日(水)②

今朝不思議な現象がありました。書き忘れました。

通勤の列車での道中、富士山が見えるところがあり、ゆっくり景色が変わっていきます。

暫く山々の奥にぼんやり透き通った富士山が、見えてました。
邪宗の大きな建物が近づいて来ました。 見ている位置から、富士山とその邪宗の建物が同じフレームに入るような景色になったときに、富士山が消えました。

雲に隠れてしまいました。不思議な現象で、少し富士山生きているみたいです。


帰りの電車で耳元に流れるレトロな曲は、サザンの「そんなヒロシに、だまされて」です。

※深い意味はありません。↑

令和5年4月12日(水)

「風去って竹・声を止めず」
という日顕上人のお好きなお言葉がありますが、中々自分は、物事をさらっと流せなくて、もっとサッパリした性格になりたいです。

というのも、無くなったパソコンのデータの復旧に時間を費やし過ぎました。

しなきゃしけないことの整理を今日の通勤中に、スマホ上でしました。

今朝初めて、部下に、日蓮正宗のパンフレットを渡して、少しだけ仏法の話が出来たのですが、本人の実家は仏教ではないことを教えてくれました。神社信仰❓

仕事上で、業界を背負う後輩を、大事にしていきたいです。

令和5年4月10日(月)

先ほど、三女の入学式が無事に終わりました。
人数制限があったので、式には福岡の母と妹に出席して頂き、写真撮影などには自分が参加させて頂きました。

外で待っていた時に、学校周辺の八重桜やチューリップを写真に収めましたが、何となく三女の入学を祝ってくれているような気がしました。
三女が生まれてから6年余を少し思い出しておりました。
優しく熱意のある担任の先生に巡り合ったようです。

福岡の母と妹には、我が家で月島風の「もんじゃ焼き」をもてなし、少し喜んでもらいました。
明日、帰郷します。

(話は変わりますが)
「身延離山史」を拝すると、波木井実長より日興上人様へ届けられた弘安5年末と思われるお手紙があります。

そこには、身延山で、何かしらの問題が発生して、日興上人から波木井さんへ相談があり、その返信の内容のようです。
日興上人から波木井氏へ、「富木、四条などの旦那へ、この問題について相談するのはどうか?」と打診があったにも関わらず、
「おそらく、老僧が沢山いる身延山の事なので、老僧たちに任せましょうとの回答が来ると思います。私が口を出すような事もないです。」
と波木井氏は返信しております。
日興上人様がとてもお困りの状態の中での相談をなされた状況が拝せられます。

その状況は想像することしかできませんが、大聖人様のお墓を月ごとに護る決め事が破られる前ですから、その内容か、釈尊一体仏や、註法華経を譲り受けたいという相談か、身延大坊の中での各老僧居住についてかわかりませんが、とにかく大坊内での問題が起きていたようです。
想像するに、心いたみます。この後、身延山離山に至るわけです。

わが御主管が常日頃御指導されるように、総会の御法主上人猊下様の御指南を何度も拝して、心に刻み、自分自身の信心も曲がらないようにしていきたいです。

令和5年4月6日(金)

新年度が始まりました。

やっと新環境になれつつあり、会社では一人新卒の子を管理することになり、色々充実しております。

新しい現場はとても丁寧な優しい方ばかりで、御本尊さまから頂いた処は本当にありがたく、御報恩の折伏をしなければと思っております。 タイミング、測っていきます。

子供達は春休みが終わります。 これから、子供達はそれぞれ新学年、又ピカピカの一年生生活です。

↑実は上記、昨日に日記更新しようとした内容です。スマホから日記の更新で、少しスマホ端末内で支障出たので、スマホに新しいエディタ(編集ソフト)を入れました。
画面ベース黒で、格好よくって、お気に入りです。

今日は社食でお昼あと、休憩場所で、周りの雑談を聞きながら更新中です。

お山では虫払い法要が奉修されておりますね。気仙沼の同志も参加しているみたいです。
やっと世間が少し通常に戻りつつあるように感じます。

お山から溢れた功徳の、おこぼれを頂戴しつつ、今日も進んでおります。

今日は福岡から三女の入学式のために母と妹が上京します。少し我が家が騒がしくなります。笑

令和5年4月1日(土)

祖父母を折伏して下さった内山ワカさんの祥月命日である昨日。我が家にとっても大きな意味のある慶祝登山となりました。

わが父が、慶祝登山に参詣が叶いました。平成14年以来、21年ぶりの登山でした。

どれだけ、祖母や母が霊山で喜んでくれているか想像もできません。
長女も中高の登山に参加ができ、多くの同志と共に沢山功徳を頂いております。中等部スタッフの方々、学生部の諸先輩方にやさしく色々教えて頂いたそうです。本当に有難い育成をしていただいてます。

先ほど地区のミーティングがあったのですが、武蔵野第一班のⅿ班長さんが我が家の登山をとても心配してくださっていたようです。
今回の慶祝登山への道中は、中央道が3か所の交通事故、故障車により、大渋滞。
我が家は、行きの総本山まで5時間かかってしまいました。

少し諦めかけていたのですが、父が「こういう時は、焦っても仕方ない」と至って冷静で、ずっと助手席で話をしてくれておりました。
副登山部長さんに電話をすると「中央道組では、まだ早いほうですよ。」と。
道中、三女が車酔いし、着山まで気分が悪く大変でした。

着山後、講頭が父にお声かけくださり、温かい激励をくださいました。
奉安堂までも、沢山の方に会うたびに、父を皆に紹介してゆっくり歩きながら進むと、父は、桜満開の総本山に、枝垂れ桜をひとつひとつみながら、「あの桜は、とてもおもむきがある」などなど呟いております。

次女、三女の歩みは早く、急かされつつでしたが、無事に到着。15分前でした。

父も疲れてしまったようで、また安心したのか、少し眠そうでしたが、どんな御祈念をしていたのでしょうか。

帰りは守られて、大きな渋滞もなく、帰宅しました。
父はまたお寺にも参詣したいとの話をしております。

今日の広布唱題会では、三女も本堂で頑張って座っておりました。
「もう終わる?」と何度も聞いてくるのです。笑

唱題会あと、鼓笛隊に子供たち3人とも行ってしまったので、最近の有縁折伏がベースの昨今ですが、どうしても折伏行をしなければと、山門に立ちました。

帰宅後、最寄り駅へ長女と次女を迎えに行くと、有縁のエホバの証人が居たので聞きたかった事を問いかけました。
「あなたも、昔幼い時に、親にムチを打たれていたのですか?」
「それぞれの家には躾があるものです。」
というので、それは行き過ぎであり、間違った宗教思想の上からの教祖ラッセルさんの行き過ぎた教えであり、今年2/28にニュースになったこともあり、それについて深く質問しました。
その人も幼い時にムチに打たれているのです、否定しませんでした。

御主管は、諸人御返事を引かれ、広宣流布に関わる御在世当時の状況について御教示くださいました。
また「折伏御祈念を出される人数がまだまだ少ない」と仰られておられました。
周りの人の幸せを考える慶祝登山の啓蒙と折伏を実践しなければと思います。

信心をしていると、「言っててよかった、言わなくてよかった。やらなくてよかった、やっててよかった。」という功徳を頂くと御指導頂きます。
しかし、自分は言わなければよかったと、深く後悔することが信心の場であります。信心がまだまだ足りません。
そのようなときは、そのマイナスを0が+にできるように努力するようにしております。

今週、また新たな生活が、我が家でも親子ともども(親:異動先。子:入学、進学先)始まります。

令和5年3月26日(日)

昨日の折伏推進指導会に参加させて頂き感じた事は、登壇者の方々や、その影響ある人人の立場を感じてみると、色々と深く考える事がことのほか多い、指導会後になりました。
御主管の御指導通り、慶祝登山の御指南を再度、ちゃんと繰り返し拝していきたいです。

そして、お寺に参詣させて頂ける事の大きな功徳を、今日の組長会に本堂で参加し、より深く感じました。

というのも、家族がそれぞれお寺に参詣(鼓笛隊、ポンポン隊、縄文会、組長会)し帰宅した後、我が家では「今日のお寺での話を聴いてきいて」という感じなのです。
これは正直、ここ1年ない現証です。笑

コロナでなかなか参詣できなかった日々は、功徳を頂いていても、お寺の参詣の功徳には及ばない事を今日、特に感じます。

それだけお寺に行くまで、大変な魔が生じました。
朝、三女の調子が悪くギリギリまで行けるかどうかわかりませんでした。
しかし、三女が行くことによって、自分も組長会も参詣し、家族皆がお寺に参詣できたのです。

また、午前中は家庭訪問に2軒いくことができ、組長会のミニ座談会で講頭から具体的な温かいアドバイスも頂きました。

企画部長さんの後ろに座っていたので、我が家の家族についても話をさせていただきました。
お寺の幹事方、その他、温かい心に触れました。
ある班長さんは御主管に喜んで頂けるような信心をしなければ、と決意を述べられておりました。

自分も話をしたいことが沢山あるのですが、2日連続少し朝が早かったので、今日はこの辺で失礼いたします。

令和5年3月19日(日)

昨日は小雨降る中、三女の卒園式が行われました。
我が家は、まだ新しい中古車(笑)がまだ来ておらず車がないので、タクシーで卒園式に向かいました。

三女は、卒園式の予行演習で「号泣」したようで(w)当日 は少し心配しておりました。

卒園式会場の窓の向こうには森があり、手前には畑が広がり、こんなノドカな保育園で育まれていたことに、改めて感謝です。

我が家前の「鎌倉街道」を北上し、少し交差点を進むと保育園はあります。
とても歴史のある長閑な場所です。

園長先生は話の中で、「心」をコップに譬えて子供に語り掛けてくれました。
『このコップをいつも上向きにして、人の言葉をそのコップで受け止めてください。そのコップは、大人になってくると傾いて来ることもあり、傾いていると人の言葉を受け止めることが出来ず、水の様にこぼれます。いつも人の言葉を受け止められる人に成長してください。』と。

園にご縁がある、無所属の市議会議員さんは父兄に対し、こんな話をしてくれました。
『子供の成長で大事なのは、「IQ」ではなく、「EQ」。すなわち【心の知能指数】が大事であることが証明されています。
このEQとはコミュニケーション能力等であり、その能力を伸ばすためには、親の成長が大事であり、その親は「あそび」の部分(車のハンドルで云う、あそびと同じ)を持っている親が子供を成長させ、また子供の成長の為には、親を成長させることが大事なのです。』等々の話をしてくれました。
お寺で拝聴する種々の話とはレベルが違いますが、とてもためになる話を、卒園式の感動の合間に聴くことができました。

今日は朝から、三女が疲れでお寺へ行けるかどうか心配だったのですが、殊の外元気で、家族で参詣させて頂くことが出来ました。

御報恩御講では、「諸経と法華経と難易の事」の御法話をo御尊師から頂きました。
富木常忍殿については詳細な事は不明な事が多く、その中で日蓮正宗の相伝の上から詳細なお話を拝聴でき、文書格護の任を全うされ、純粋な信心であった富木殿も、御法門については暗いことがあり、日興上人ただ御一人、正しく御本尊様について御存知だったことをご指導くださいました。

先日のお山の時、班員さんが新来者をお山に連れて来ていたのですが、駐車場にいるその新来者の所へ、講頭が飛んで行って、話をして下さったそうです。

この折伏に対する行動力と熱意を見習わなければと思います。
講頭は、御講の御挨拶の中で、法統相続の大事をお話くださいました。

(話は少しもどりますが)
三女は、実は昨日の卒園式当日、全く泣く事がありませんでした。
そのことについて、本人に、
「予行演習で泣いていたのに、今日の卒園式本番では泣かなかったな。。」
と話すると、
「泣くと恥ずかしかったから、御本尊様に泣かないようにお願いしたの」
と答えてくれました。
純粋な子供の祈りは、御本尊様に通じるので、凄いと感じます。

今日は、御講の帰り、最寄り駅にいたエホバの商人の二人組を、強折しました。
穏やかに話をしようとしたら、少しセセラ笑ったので、エホバの商人の心に強く、言葉を打ち込みました。
最近、いつも自分から離れない三女が脇士で、隣にいました。無言で手を繋いでいたので、強力でした。笑
六歳です。爆


令和5年3月16日(木)

今日は不思議な夢を見ました。
総本山三門前の東西の道を、西側から歩いてきます。自分自身はきっと犬か何かかと思います。
そのまま、三門前あたりから総坊側へ行きたいのですが、行けないようで、少し過ぎたあたりから、総1坊方面へ歩きます。

しかしいつもと違う雰囲気で、杉木立です。
総1坊あたりを見ると、その辺りは森か何かのようです。

富士山が見える東へ抜ける道があるようですが、整備されておりません。そのまま総1坊前あたりから旧総門に向かう方面の暗い道を歩いている夢でした。

不思議だったのは、夢で見るというよりは、その時代にタイムスリップして古い道を歩いているような感覚です。

すみません、自分のどうでもよい夢にお付き合い頂き、大変失礼しました。

令和5年3月15日(水)

春の花の香りが満ちて、開花宣言何かも出て、春めいて来ました。

日蓮正宗から折伏を取ったら何も残らない。。この有難い御指南にお応えしなければ。
昨日夜は、小さな事ですが、最寄り駅にいた顕正会に即応折伏させて頂きました。

大学生の時に聴いていた曲が蘇って来て、スマホに音楽データを入れて通勤の行き帰りに聴いてます。

BOOWY、PrincessPrincess、ZIGGY、UPBEATとかって、皆さん知らないですよね。

あの頃は、ロックバンドが大人気で皆、コピーバンドやってたりしまして。笑
懐かしいです。もう30年も前です。

この頃のロックはガチャガチャしてるばかりじゃなくて、澄んだ音色のロックが多かったと思い出しておりました。

4月からの新生活とは言いますが、自分も少し異動があり新生活なのですが、三女が小学校入学、それぞれ長女、二女が進級などバタバタです。

しかし、仕事内容や生活の展開が、功徳で希望が沸いてくる春先でワクワクしております。

令和5年3月12日(日)

今日は朝の唱題会終了後、御主管のお話で、唱題の功徳で折伏に動くことをご指導くださいました。

m幹事は2階客殿の日顕上人常住御本尊様を改めて紹介され、御当代上人猊下のお名前も刻まれる御本尊様の尊さと、平日唱題会の活動についてお話されました。
両上人のお名前がおしたための御本尊様を紹介されたお話を聴いた後に、総本山客殿のお座替り御本尊様のようであると思いました。

もったいないことです。

班座談会がリモートで開催され、班の受験生が合格した話や、新しい方が慶祝登山に参加申し込みされたなどの善い話を聞くことができ、とても元気をいただきました。
2時間唱題を継続されている班員さんもおられ、「唱題」が根本であることを再認識しました。

班座談会で紹介させて頂いた観妙院様の御指導(第2巻)の中で、インドには釈尊や、法華経の古蹟があるだけで、法華経はなく、法も仏教も存在しない。我が大石寺に燦然と輝く本門戒壇の大御本尊様がいらっしゃることをご指導でした。

慶祝登山の功徳をとても感じます。

長女と次女は今日は鼓笛隊、青年部活動と1日お寺に参詣し、功徳を積んで帰宅します。

令和5年3月10日(金)

WBCで盛り上がっている昨今ですが、町には春めいた季節がやってきました。
わが町所沢は田舎なので、通勤で花の香がする場所があります。

コロナも少しだけ落ち着きつつあり、マスクの着用についても少し論議があるみたいですね。
少し花粉も多いみたいですね、少しクシャミが出ます。

今週は仕事で大変な功徳をいただき、少し落ち着いて業務をしております。
春以降も安泰です。。

慶祝登山前の2月は波乱の月であり、あらゆる魔が妨害してきましたが、慶祝登山後は、本当に功徳に溢れております。

失っていたUSBメモリに保管していたデータも、データ復旧ソフトで復旧が成功しました。
中身をみたら、少し昔の、次女の赤ちゃんの時の貴重な写真が出てきました。

今日は東京大空襲のあった日ですね。
YAHOOで関連記事を少し見ておりました。

令和5年3月7日(火)

日曜日には慶祝登山に参加させて頂きました。

行きの中央道では、ほんの少しですが曇り空から富士山が姿を顕してくれました。
そのあと、姿を消してしまいました。笑

その一瞬、カメラに納めた富士山画像を、来月登山する父親にLINEで送りました。

着山すると、感染対策される中ではありますが、広布坊もいつもより賑々しく感じました。

御主管お導師の唱題会も有りがたく、我ら待ちに待ったこの慶祝登山の経緯を含めた御主管ご指導では、ここ数年自分自身、振り返っておりました。

奉安堂までの道中、子供達とも笑い が絶えず、ここまで色々ありましたが、無事に慶祝登山に参詣てきたこと、心から幸せに想います。

台湾有事は、今年1月に始まるという評論家の予想は外れ、中国国内の混乱から、その話は遠退いております。 また、島国台湾への進行は、沢山のケースを机上で計算しても、上陸作戦というところ、その他から失敗に終わるとみられております。

ロシアの戦争は今年終わらないと言う論議も、信心の眼から見ればどうなのでしょうか。

信仰の体があり、そこが基本で、世法はその影でしかありません。

きっと全てが良くなる。個人も社会も国も世界も。
と、期待をしつつ、個人的にもがんばります。

令和5年3月3日(金)

三月三日の
法の祭
と言われる今日の善き日に、嬉しい話題が我が家に2つありました。

2月末に我が家でクリアすべき課題をメモ書きしたのですが、そのうちの2つです。

良いインパクト、デカイです。

明日のお山での総会を皮切りに、全てが良くなると感じます。
一切「時による」とのお言葉を思い出しておりました。
日曜日は、お山に参詣させて頂けます!

人は、下記のように歌います。。
--------
ついに時はきた!!!
昨日までは序章の序章で。。
経験と知識と、カビの生えた勇気をもって。。
--------
長い冬から春になるのは、近いのかも知れませんね。
御指南のように異体同心、がんばりましょ!
大丈夫、大丈夫!!

令和5年3月2日(木)

いよいよ慶祝登山が始まります。

きっと、功徳が虚空に溢れて、国土世間が少しずつ良くなっていくと信じます。

御主管のご指導のように、早咲きの桜。少しずつ春めいた爽やかな空気が流れております。

年度末で、自分も色々バタバタしておりますが、少し気を落ち着かせて、ひとつひとつに当たって行きたいです。

先日、青年部の後輩が壊れたパソコンのバックアップデータを渡してくれました。過去のカフェ・ド日記を少し見ておりました。

令和5年2月27日(火)

先日、姉の一周忌で法要をお寺でしていただきました。
その前日、その姉が夢に出てきました。
村山貯水池の澄んだ池の淵にいて、姉は夢で、何もしゃべらなかったのですが、「ありがとう、元気だよ(霊山で?)・・使命があるから、頑張ってね」って雰囲気だったかもしれません。
東側少し遠くに、遠くに西武園の夜景(朝焼け?)が見えました。

(この後は現実の世界の話ですが)
今日は長女と次女が鼓笛隊の練習をしておりました。
曲は「ピースルハーモニー」で、支部の100周年の時の曲です。
とても懐かしく、熱いものがあふれてきました。懐かしいのと、あの時を深く思い出しておりました。

昨日の幹部会では、お山での御法主上人様の御指南が披露され、心に温まるお言葉で、できうる限りのメモをしました。
お題目で乗り越えて来た、そのそれぞれの体験があるでしょう。との一言は、心しみいるお言葉です。

令和5年2月19日(日)

先週末仕事にて営業との会議は、予想通り自分にとっては少し聞きたく無い内容でした。重い心気持ちでの休みとなっております。
しかし前に進むしかないので、仕事では、1日1日大事に進めていきたいと思います。

今日は慶祝登山の案内で班員さんへ、手紙を添えて申し込み書をお送りしました。
たくさんの方が参詣できるように、進めていきたいです。

長女がテスト前で、明日から初日のようです。
鼓笛隊もあり、色々いそがしいみたいですが、両方成果をあげて欲しいと祈っております。

今少し前、(この日記記載の途中)ある方から電話があり、我が家の事で、とても嬉しい知らせがありました。
この週末、これほど思い気持ちだった意味が今、わかりました。

令和5年2月17日(金)

今日は三女の保育園でお世話になっている先生に、日蓮正宗のパンフレットをお渡しすることができました。
少し下種が進んでおります。

慶祝登山の時について、よく輸送班の先達から教わったことがあります。
ひとつは、「振るいにかけられるぞ」ということ。
近年では大石寺開創700年の時の学会問題です。

みな居なくなってしまいました。

二つ目は、宗門のお祝いなので、王国のお祝いで罪人が「特赦、恩赦」で、許されることがあるように、我らの罪障が消滅できるぞ、という2点目です。

今年の信行は罪障消滅できるチャンスと捉えて、頑張ってまいります。

令和5年2月16日(木)

日蓮大聖人様、御聖誕の善き日ですね。
今日は二人の方に、対面で、日蓮正宗のパンフレットをお渡しすることが出来ました。
というのも、今日、また車がトラブルを起こしました。車買い換えなんて、話もしていたのですが、奇跡的にバッテリートラブルに終わり、今日中に解決しました。
その縁で、イエローハットの修理工にまでパンフレットを渡しました。

(話は変わりますが)
会議は沢山ありますが、どんな会議が嫌ですか❓

自分は、お客さんとの会議も緊張しますが、一番嫌なのは、自社の営業との会議です。

うちの営業さんは皆さん綺麗な人ばかりなのですが、仕事となると違います。嫌な会議、一番いやです。

というのも、大体、(営業との会議)というと、良い話がないからです。

来月、再来月から此処に異動してください、なんて話ばかりだからです。

波乱だった今週。明日はどんな着地となるか。。
明日に向けて、お題目唱えて臨みます。。

令和5年2月14日(火)

ひとつ気が付いたことがありました。
お題目の真剣さの大事です。

今まで、時間はかけて唱題してきたものの、お題目の一唱和ずつの真剣さがまだまだ、だったと気が付きました。

「南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経」と尻強くお題目を上げなおしたら、心が安泰になるような気がしております。

周りの家族の「相」も変わってきます。
明日からも又、この今日の気づきを忘れずに一歩一歩進んでいきます。
折伏の対象者にメッセージを送ることができました。

令和5年2月13日(月)

2/12の日記の記載に一部誤りがありましたので、訂正しお詫び致します。

身延山で大聖人様御入滅後に安置の板御本尊、
という旨の記載は
「日興上人様、身延山離山後に安置の板御本尊」の誤りです。

文面も訂正しました。
つまり、民部日向以下、不法の輩が、大聖人様の本門戒壇の大御本尊様を真似て作成したと思われる大幅の板御本尊が、身延山にあるのです。

長女が日曜日は、中等部会と青年部会にも参加して、とても内容が良かったと笑顔で帰宅しました。

沢山の先輩とお話が出来たみたいです。

令和5年2月12日(日)②

昨日の御逮夜御講では、「持妙法華問答抄」の御法話を頂きました。
御尊師の透き通った袈裟衣のお姿が印象的でした。

班の方々や、先日入信された爽やかな青年部員さんにも会えました。
その新入信の青年部員さんは慶祝登山も参加されるそうです。
嬉しいことです。

講頭が、その新入信の青年部員にお声かけ頂いたそうで、御尊師にもご紹介くださったそうです。
異体同心の支部活動は、本当に有り難く思います。

令和5年2月12日(日)

金曜日(2/10)は、大事な来客がありました。
おかげで、自分も美味しいランチをご一緒させて頂き、諸々、沢山の深い話も拝聴でき、功徳が我が家に溢れた思いです。

身延山の釈迦像その他雑乱本尊論が少し揺るぐような話があるようです。

日興上人様御離山後に、身延山に安置されていた曼陀羅板御本尊の存在を写真付きのみならず、展示して公開しているというのです。

それは即ち我ら大石寺の本門戒壇大御本尊を認めるような内容なのです。何か身延山内で起きているのでしょうか。

今日は朝の唱題行をリモート参加させて頂き、その後すぐ地区の会合で副地区長宅に電車でお伺いしました。

常住御本尊様は輝いており、じっくり拝してしまいました。

地区長を中心に班長、副班長さんと慶祝登山の話が深く出来ました。
お仕事で欠席の班長さんと話出来ないのは残念でした。

この地域は懐かしく。。
昔、小中時代は塾もこの辺りで。。

また自転車で実家から20分~30分程度のところなのですが、学生時代に自転車道を走らせて、地区の拠点(東久留米、花小金井方面)にも行ってました。

霊山に旅立った母親のお見舞いも、この自転車道で行ってました。

時は経っても、この地域は昔のままでした。副地区長宅を出て自転車道沿いに、最寄り駅に向かって歩くとすぐ透き通った鳥の鳴き声が聴こえてきました。

このあと鼓笛隊練習後の、次女をお寺に迎えに行きます。
一進堂にも寄りたくて、買いたい書籍があるか楽しみです。

令和5年2月9日(木)

壮年部唱題会に、お寺に参詣させて頂きました。

山門で、同志に声をかけられました。
演台出しのお手伝いの話かと思ったのですが


どうも、春にお子さんが生まれるというのです。本当に嬉しい話でした。
記念登山の素晴らしい年に、お子さんが生まれるとは、重ねてお目出度いことですね。

御尊師からは、改革の三つの壁についてご指導頂きました。
物理的、制度、心の三つの壁を打ち破る事で、改革は成し遂げられるそうです。

明日は関東でも雪が降るとの事です。

令和5年2月4日(土)

御主管は、御法話で人を幸せにする宗教とそうでない宗教があること。
宗教により人の幸不幸がある。
正しい本尊を信じることの大事。
正しいとは一に止まると書くように、正しい宗教はひとつしかないこと。
等御指導くださいました。

昨夜は、我が家でもお寺から頂いた節分の豆の一部を、外に向かい
「福は内」と投げておりました。

立春の今日は、少し日差しがあり、我が家のスイレン鉢のメダカも元気にしておりました。
暦の上では春となっております。

令和5年2月3日(金)

今夜は、仕事を全て終わらせ、節分会にお寺へ参詣させて頂きました。

御法話の途中でしたが、日蓮正宗に伝わる甚深の御法門を、拝聴することが出来ました。

過去の経験で、この節分会をおろそかにすると、ろくなことがありません。馳せ参じられる境界を有り難く思います。

節分会を終えられ、本堂にいらした御主管のところへ進んで話に行ってしまいました。無礼なことです。

親しい後輩とも談義するのも、お寺に参詣するからこそです。

池袋の西口、メトロポリタンからビックリガードへの道を久しぶりに、歩いた気がします。

「まじめに・夢を!」
というフレーズの張り紙がありました。はっとしました。

自分ぐらいの年齢になると、夢がかすれてきますが笑 真面目に夢を叶うことなんて、考えたりしません。

しかし、色々、今まで願ってきた大小の夢をもう一度思い起こしてみたいと思います。

そう、先日、宮城の「本照寺」が正信会から戻って来たという話を聞きました。

このお寺は調べてみると、日向7ヶ寺の一寺院で、1400年代に、建てられたというのですか凄いです。

大聖人さまの孫弟子に当たり、日目上人さまのお弟子である
「日郷師」
のそのお弟子が、建てたそうです。

この日向方面のお寺は殆ど正宗に帰しているようです。

いくつかずっと調べていることが、あるのですが 「立宗宣言されたあと、清澄寺の初転法輪の内容」 を、少し垣間見る古文書がありました。
江戸ぐらいに作られ、また我が宗門の書籍ではないですが、とても、興味ある内容でした。
後世の人が、想像した内容か、散在している小さな昔の記録が、その時代にあったかは知りません。

それより何より、この節分の善き日に御主管に、温かくも親しくお話頂いた、この事が、かえすがえすももったいない事です。
身の福運を心に刻み、精進します!

令和5年2月2日(木)

二月になりました。もうすぐ節分です。

我が家の先日のパソコントラブルは、OS(Windows)が無いというメッセージから、もちろん再起動しても。。リカバリーディスクないところから(内臓機能もなく。。)、BIOS画面でも駄目、(昔のエラー時のブルー画面ではなく)リカバリー用のブルー画面を出そうにも出せず、再起動時のファンクションキーも効かず。。

結果また、OS not foundメッセージ。。
どうにもならない状態でした。


新しいパソコンがやってきました。
会社で使用のパソコンと同等スペックで、容量も1TBあります。
少しほっとしてます。。

よい夢を見る方法とやらがあるらしく、それは寝る前にみたい夢のイメージを強く持って眠るみたいです。

やってみたのですがw、とんでもない


どこかの、七階建ての建物のエレベータ内を掃除する夢でした。笑

ずっと掃除している夢でした。


イメージとは全然違い、最後にはその建物の主の話を聞いている話でした。

目連尊者の通力が効かなかった、幸せにはなれなかった、擬似体験でした。

令和5年1月31日(火)

魔は我が家のパソコンにもやってきました。
パソコン本体がフリーズして全く開けなくなりました。

しかし、このパソコンクラッシュ30分程度前に、長女の鼓笛隊の録画を待避しており、その他大事なデータは確保してあり、大きな問題では無さそうです。
この日記もスマホにツールを載せて更新しております。

古いその機器の代わりに、新しい、スペックの高い、質量軽いパソコンがやってきます。変毒以薬の一部を感じました。

3月初めの慶祝登山の啓蒙が終わりつつあり、次の4月の啓蒙に移ります。

3月は班では申込上では、勝っているので何とか無事に皆さんが登山できるように祈りたいです。

週末は、駅前のエホバを6人相手に、静かな口調ながらに、強折してきました。

朝方見る「夢」により、こうも1日のスタートが違うものかと思うときがあります。

昨日の夢は最悪で、今日は最高でした。笑
昨日の朝の勤行は憂鬱でしたが、今日は会社でも晴れ晴れしております。

1月が終わってしまいます。折伏成就を毎日御祈念しております。

令和5年1月28日(土)

大聖人様御一行が、佐渡路の途中でご宿泊された
「久目河宿」
は、現在の久米川町ですが、その跡地と呼ばれているところは、二ヶ所あります。(旧日記にも記載させて頂いた内容です)

日蓮宗が主張していた場所は、その当主が変わり、重々しい江戸時代の門も無くなり、新興住宅に変わり面影が全く無くなりました。

もう一ヶ所は、我が班の方の実家であり、地域の言い伝えのように西側に古い蔵が存在します。

その大聖人様の久目河宿が実家の班員さんはマンション経営を同じ久米川地域でされており、そのお宅へ、先ほど行って参りました。

上がるつもりはなかったのですが、上がって下さい、と言われ少し話をすることができました。

最上階のそのお住まいは、東村山なのに、スカイツリーや新宿の高層ビルも遠くに見えました。

富士山は、今日は見えませんでしたが、雲が無いときに見えるそうです。素晴らしいロケーションです。

令和5年1月24日(月)

先週末には、早咲きの梅が公園に咲いておりました。しかし、暦では春と云ってもまだまだ寒いです。
明日は関東でも雪で、今夜はスーパー大寒波がくるようです。お気をつけください。

なかなかお昼に、会社の人とランチに行けないのですが、久しぶりに皆さんとご飯に行けました。
みな、折伏対象者です。笑
本当に、心遣いがある方ばかりで、とても有難いです。

慶祝登山の為に班の方々と電話などで会話をさせて頂いております。

今から慶祝登山、ワクワクしてしまいます。

令和5年1月20日(金)

今週は、殊の外長い一週間でした。
やっと週末という感じです。

しかし、懸念していた事が解決し、あとは折伏に動くだけという感じで、先日もある有名はお医者さんに我が支部のパンフレット(信徒育成用ですがw)をお渡しすることが出来ました。
「(パンフレット)見ておきますね」と仰られました。

昔、町医者に対して、だったのですが、自分がお医者さんへ下種したことを地区の大先達にお伝えしたところ、とてもとても誉められました。

そのこともあり、勇気は要りましたが少しだけお話することが出来たのは、罪障消滅が大きく進んだと信じたいです。

妙法蓮華経開結
が我が御宝前の経机に載っていることが多いです。
比喩品第三
信解品第四
の冒頭を開いております。

意味は解らなくても、心穏やかな気持ちになります。
お母さんと、お姉ちゃんと、小さな男の子が西武池袋線の車両に乗ってます。
自分も50年近く前、こんな感じだったのですかね。。

令和5年1月15日(日)

昨日は不思議な功徳を頂きました。
我が家のワンボックスがエンジントラブルで故障しました。
しかし、我が家100メートル程先のドラッグストア駐車場まで走り、止まり、間一髪護られました。

昨年末、初登山前に定期点検を出したばかりでした。
古い車両なので、壊れるのは仕方ないですが、これが静岡で止まっていたら、高速道路の途中で「故障者有・大渋滞」だったら大変でした。
本当に御本尊様から功徳を頂きました。

今日は班座談会でしたが、慶祝登山で現在決まっている事を、皆さんへ情報供給しました。
組長以上の皆さんの意識が高くなりつつあり、素晴らしいです。
新来者のお寺参詣の情報も入ってきました。

今、目の前の信心の確信、功徳の現証を持って「遠き信」をとりたいと思います。
それを本当に、信心の深い確信が出来れば、未来は安泰な安楽な心でいられると思いますが、自分はまだまだです。

令和5年1月9日(月)

昨日の初御講で、御主管は、大悪大善御書の御法話にて、日達上人が発行された法華経の解説書についてお話されました。
早速ネットで探してしまいました。

舎利仏が立って踊るように、迦葉尊者が舞うように喜んで信心がしたいです。

御主管は、常日頃から、世間の悪に対する正義からの行動があるように、仏法において邪義を破折の大事をご指導されますが、
(下記の我が家の内容は、細かいことですが)
昨日は家族の本堂での振る舞いについて、その場に注意できず、少し失敗しました。反省です。

今日は班長会に本堂で参加させて頂きました。
y御尊師からは、現代の宗教二世・世代の子供達への法統相続の大事。我が子は絶対大丈夫と言えるだろうかとの問いかけ。又今年の決意を漢字一字で顕すと何でしょう、などお話を頂きました。

自分は「成」ですかね。。

講頭からは、班長副班長の動きが誓願達成の鍵であること。また折伏に於いて、 
「あなたは幸せですか❓」
など、キーポイントとなる質問で相手の心を開かせるという話を進め方をご指導くださいました。

我が地区のt班長が元気にヒンズー教の破折をされ、またm班長や、埼玉南部の地区長さん、地元所沢のt 班長とも今年の決意を共有できましたので、動くのみです。

リモートでも同じ話は聴けますが、参詣させて頂くと本堂の空気や先達とも顔を合わせて心が通じ会うのが嬉しいです。
m幹事にお会いしたときに、長女の書き初めについてお誉めを頂きました。大人の字のようだと。。

白子の先輩も、育成や唱題に日々励まれています。

本山でお会いした、群馬に住んでいる先達は、我が家で秘蔵している宗門の書籍は、すでに昭和63年には買っていて読まれてました。
「第二章について、どう、思う?」というような内容でお山で会話が始まりました。

これに驚くと共に、昭和初期に発行された【日蓮大聖人が御本仏であること】を詳細に記載された書籍を探しており、
【持っていないかな?】と聴かれました。
売っているところをお伝え出来ました。

どこまでいっても、いくつになっても、御法門を求める姿勢を見習っていきたいです。

令和5年1月8日(日)

元旦に父がお寺に参詣させて頂きました。父が自分の意志で法事以外でお寺に参詣するのは、21年ぶりです。
参詣後の本人の感想として「昨年の精神的な辛さが解消した」と云ってました。

昨年の報告会で、個人の活動目標の決意カードに2月末の折伏成就を記載しましたので、その対策をしておりました。
平成31年初頭までの折伏ノートを読み返して、連絡を取っていなかった学会員を含めた対象者2人と連絡をとり、またパンフレットを精査して鞄に供えております。

鎌倉時代の道場の風景は、石畳みの参道や、松林。木造の質素な堂宇と想像されます。
Facebookに画像をアップしましたが、少し対象者の連絡する傍ら、製造途中の復元模型を完成させてました。

昨年末からですが、年頭にも、小さな念願が少しずつ叶うような感じがしております。

令和5年1月3日(火)

昨日の初登山では、到着までの道中、家族全員を爆睡させてしまう超安全運転で総本山へ到着しました。

到着後山中では、昔法道院にいらした御尊師に御供養する客殿前でお会いし、昔同じ支部だった、自分が中等部員の時の部長さんである、群馬の先達にも偶然会う事が出来ました。

宿坊の広布坊では、思う存分唱題をあげさせて頂き、奉安堂に向かう道中に、子供達はお友達と楽しく話しながら歩いておりました。

奉安堂は見事に最後列近い場所に座る事になりましたが、遠く御法主上人様を拝し、本門戒壇の大御本尊様へ年頭の御祈念をさせて頂きました。お願いばかりでなく御報恩ししっかりしなければと思います。

売店では購入したかった書籍も購入し、総本山をあとにしました。

「うさぎ」というとピョンピョン跳ねる姿を思いうかべますが、足も結構速い事に気が付きます。
最速の折伏成就を目指して頑張ります。

令和5年1月1日(日)

輝かしい令和5年が始まりました。
今年もよろしくお願いいたします。

慶祝登山で登山者が本山に溢れる今年は、本当に色々な善い事が待っているような気がします。

今年の元旦勤行に父が参詣しますので、我が家にも善事が早速やってきております。

皆様にも、大きな徳による果報がその手の上にある一年であること、お祈り申し上げます。